2015年、いま住んでいる中古戸建に引っ越してきました。
そこから身の回りを整理し始め、あっという間に三年が経ちました。
きょうは、わたしの長年のコンプレックスだった「やりたいことがない」ということについて、その3年間の片付けと整理から学んだことをまとめます。
やりたいことをやってる、自分…?
先月、ベトナムへ行ってきました。
8泊10日のひとり旅は心の底から楽しくて、帰国してすぐにそのベトナムの旅に関するサイトを作りはじめました。
サイトを作るというのは、これまでこの「すっきり、さっぱり。」というブログを書いてきたのとはまたぜんぜん違う意識が必要で、頭から煙が出そうなほど悩みました。
一日やっていても1ページも書けないほどできないのに、でも、それがたのしくて、やりたくてやりたくて止まらない。
その時、思ったんですよね。
わたし、いつからこんなに「やりたいこと」が自分のなかではっきりしてるヒトになったんだろう…???
なければないで、良しとする
わたしは明確な目標を持つということが超苦手。
世の中にはキラキラ輝くひとたちが夜空の星のごとくいっぱいいて、しかもいまはSNSを通してそういうひとたちの眩しい姿に接する機会がとても多い。
それにくらべて、どっちかというと谷については結構深いけど、山も丘もないわたしの人生ときたら…。
でも、だからといって無理やり「やりたいこと」や「なりたい自分」を探すのはやめました。
「ない」ことを怖がらず、なければないで良しとする。
これは、わたしが「モノを手放す」という意味でやってきたここ3年の片付けや整理から学んだこと。
そしてそれは生きかたでもきっと同じ。
「やりたいこと」なんて、なきゃいけないものでもなくて。
「ない」ことを怖がらず、なければないで良しとする。
そういうものなのではないかと思います。
空っぽにすれば、入ってくる
それまでわたしは、「やりたいことや、なりたい自分がない自分」で40年以上生きてきて、そんな自分がホントつまらなくて恥ずかしくてコンプレックスで、「やりたいことや、なりたい自分がある自分」を演じていました。
それをきっぱりとやめた!捨てた!というのが、こちらの記事。
そしてそれ以来、何にもない自分、からっぽの自分をもうそれで良しとして、ただただ毎日目の前に流れてくるものをキャッチしたり流したりしながら暮らしてきました。
そうしたら、いつの間にかやってた「やりたいこと」。
旅も、ブログも、ベトナム旅サイトづくりもそう。
探していたわけでもないし、だから「見つけた!これだ!」という感覚も一切ないし、後先もまったく考えてないし、もちろん見通しも何もないけど、気づいたらただひたすらやっていて。
空っぽにすれば、そのうち必要なものが入ってくる。
これも、わたしが「モノを手放す」という意味でやってきた片付けから学んだこと。
そしてそれは生きかたでもきっと同じ。
「やりたいこと」なんて、おそらく自分の外側に探しに行くものではなくて。
空っぽにすれば、そのうち必要なものが入ってくる。
そういうものなのではないかと思います。
モノを手離す、思考を手離す
わたしは常に「片付けは、余計な思考を手放すことにこそ意味がある」と思っています。
そういう意味では、わたしがいまやりたいことを地味ながらもたのしくやっているのは、この3年間のモノ部分の片付けが、思考部分にも届いてくれていることのあらわれなのかも。
「ない」ことを怖がらず、なければないで良しとする。
空っぽにすれば、そのうち必要なものが入ってくる。
モノの断捨離といっしょです。
なくたって、大丈夫。
必要であれば届くから、大丈夫。
思考も、身軽でありたいと思います。
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