シンプルな生き方・くらし方

【にちにち】「過去の人」です / 欠けているのが当たり前 / 「ふつう」なんて案外あっさり変わる

LeicaQ作例:さくらの花

「過去の人」です

新型コロナウイルス休校で、わが家の娘も缶詰め状態がつづいています。

そんな中で流れてきたツイートに思ったことを。

新型コロナ休校以来、公園で子どもたちが遊んでいる、なんとかしろという苦情の電話が厚生労働省に入ったりもしているそう。

それに対して厚生労働省としては外遊びは推奨しているという回答をしているそうですが、正直、この苦情電話はずいぶんわがままだなと。

子どもたちはすごく我慢してる。

学校も行きたかっただろうし、卒園や卒業式やお別れ会もちゃんとしたかっただろうし、せっかくの春休みに友だちと集まって遊びまくりたいはず。

人間、自分の思うままにしたい気持ちはみんなそれぞれ持ってるし、その気持ちがこれまでの世界を変えたり前に進めたりしてきた何よりの原動力でもあったと理解しています。

でも、基本的に社会の主役はあくまで子どもから壮年までの「現役」世代であって、そこをすでに潜り抜け終わった「過去の人」の世代ではないとも思うし、だからこそ第一線から離れたところで主役とバランスをとりつつ存在する「隠居」という概念はとても合理的だと思うのです。

(もちろんそれは、それまで社会を変え動かしてきてくれた世代への敬いの気持ちの有無とはまったく別の話です。)

「過去の人」が主役を降りた後の人生を個々に楽しく明るく豊かな気持ちで生きて行くのは大賛成だし、わたしだってそこを目指しているつもり。

でも、「現役」世代をおしのけ、自分がいつまでも社会の中心世代であるような我が物顔で自分の思うがままにしていくのがいいとはまったく思いません。

「現役」世代が動かす世の中に思う所はいろいろあったとしても、自分が「過去の人」であることは自分なりにきちんと弁えつつ生きて行きたいです。

欠けているのが当たり前

ツイッターでのやり取りから感じたことを、言語化できてすっきりしました。

わたしは、自分の世界には欠けている部分があるのが当たり前だと思っています。

その欠けを埋めなくちゃとはまったく思わなくて、欠けたままでいいんじゃない?どうせそこを埋めたとしてもほかが欠けるんだし、そもそも欠けてないところだってほかにたくさんあるんだし、という感じ。

だから先週書いたように、「欠けてるものや足りないものの方ばかり見てるのに、ミニマリストが日本でブーム!とか、ウケる」となります。

そうはいっても世の中がこういうタイプばかりでは、これまで世界が必要としてきたいわゆる進歩や発展はとてもとても望めないものだったはずなので、「欠けてるものの方を集中的に見る」役割はそういうのが得意な方にお譲りすればいいと思っています。

無いなら無いなりにやるし、あればあってくれることに感謝。

「ふつう」なんて案外あっさり変わる

新型コロナウイルス対応で、家庭での生活リズムが激変。

しばらくは調子が狂っていましたが、だんだんそれもなんだか「ふつう」になってきました。

違和感があることへの対処法は、感情部分ではないところでひたすら淡々と続けることがとても有効だったりするんだろうな。

なにが「ふつう」かなんて、案外あっさりひっくりかえるもんです。

よくもわるくも。

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