シンプル思考

【にちにち】名もなき家事、大人は楽しい!、自分のことは自分で決める

夏休みで帰省してきていた息子がひとりぐらし先へ戻っていき、ようやく日中ひとりの時間が取れるように。

…と思ったら、こんどは娘が学校行事終了でしばしの休校期間に…。

ひとりの時間がないと、ものすごくフラストレーション溜まります。

そんな一週間のツイートのまとめ「にちにち」。

名もなき家事

ZOZOの執行役員であり、“最強のサラリーマン”とも称される田端信太郎氏のツイート。

ウチは子供3人いて、3週間くらい妻が海外に行ってたけど、俺の1日の家事時間、掃除、洗濯、食事・子供のお弁当の用意(3分で済む)など全部で1時間ぐらいだったけどw。12歳未満の子供の要る女性の家事が平日18時間って何やってるの?素朴に疑問。キャラ弁でも作ってるの?

これが大炎上し、テレビでも放送されるほどの騒ぎになったとのこと。

率直に言えば、(田端氏の言い方はどうかと思うけど)この意見と同じようにわたしも少し疑問。

だって、わたしは子どもたちが小さかった時でも、家事を1日8時間なんて絶対にやってなかった(やれなかった)ですもん…。

というか、そんなこと絶対やりたくない(やれない)から、いろんなことを捨ててそぎ落として、「すべてをそんなに全力でやらなくてもいい」「わたしがすべてをやらなくてもいい」ほうにくらしをちょっとずつ変えてきたつもり。

個人的には、もし家事にかかる時間と手間が多くなりすぎていることに対して不本意な思いがあるならば、その家庭で許容されるレベルをさぐりながら、余計なものをそぎ落としたり機械化したりしてその家庭なりに合理化していくほかないと思います。

さらにこの件、炎上していく過程で、そうは言っても「名もなき家事」がたくさんあるんです!大変なんです!という論調になってきていたようですが…。

それに対しても疑問。

「名もなき家事」なんて名前を付けてブラックボックスにまとめて入れてひとりで抱え込んでしまった時点で、もう解決への道筋と出口は見えてこなくなってしまうんじゃないかと。

家族は夫も妻も子どもも、ひとり残らず全員が「家庭」の構成メンバーだと思っています。

なにか問題があるならばみんなで共有し協力して少しずつでもつぶしていくような方向にしないと、だれかひとりばかりが苦しい思いを背負い、犠牲になったような気持ちをずっと抱えて行くことになる。

そして今の日本では、それは「妻」「母」であることが圧倒的に多いのですよね。

もしそこでがんじがらめになってしまっているのであれば。

人様のおうちのやり方や考え方に真っ向勝負を挑んでいる場合ではなく、自分の家庭の基盤、あしもとを見つめ直してみることのほうがずっとたいせつな気がします。

大人は楽しい!

「大人になるとツライことばかり」って言わないで、という漫画が流れてきましたので、それに対して思ったことを。

わたし自身は、自分の親が「生きててもしょうがない、苦しい」と泣いてばかりいるのを見て育ってきたので、生きるというのは苦しくてつらいのが当たり前だと思ってきました。

それが180度大転換をしたのは、死を意識するような大きな病気をしてから

年を重ねて大人になっていくこと、生きていることは楽しい。

いまのわたしはそう思いますし、わたしの子育ては、子どもたちにそう思わせた時点がゴールだと思っています。

自分のことは自分で決める

ここではブログと掃除に例えていますが、生きている上ですべてにおいて共通して思っていることです。

わたしは掃除なんて好きじゃない、かといってホコリだらけごみだらけの部屋にいるのも好きじゃない。

  • 掃除を全然しなければラクだけど、汚すぎる部屋は気持ち悪い。
  • どこもかしこもぴっかぴかのお部屋は気持ちいいいけど、そのための完璧!な掃除は面倒でムリ。

そのふたつのまんなか、「ぴっかぴかではないけれどまあ気持ち悪くないぐらいにはちゃんとした部屋と、それを保てるぐらいの適当な掃除」が、わたしのベストバランスです。(なんか文字にするとダメ人間感がものすごいですが。)

そして、掃除に限らず、そのベストバランスはわたし自身が体感して自分にちょうどいいところを探っていくしかないのですよね。

最初のZOZO田端氏のツイートの件に通じるところもありますが、自分にとってのベストバランスの決定権を自分自身で握っているかどうかって本当に大事。

そこを自分以外のひとに譲り渡してしまうと、ただただ不満がどんどん膨らんでいく気がします。

たとえばもし、わたしの適当な掃除レベルに夫が不満だったとしたら。

夫が、自分の気持ちよさレベルに到達するまで自分で掃除する。

もし、働いてくれている夫の稼ぎレベルにわたしが不満だったとしたら。

わたしが、自分の気持ちよさレベルに到達するまで自分で稼ぐ。

もし、わたしの料理レベルに子どもたちが不満だったとしたら。

子どもたちが、自分が食べたいレベルの料理を自分でつくれるように練習する。

みんなひとりひとりが自分にとってのベストバランスの決定権を持ち、自分自身でできる範囲のことをやる。

そのひとりひとりのベストバランスとそれに伴う行動を集めてひとつの「家庭」を維持しているというのが、フェアな状態だと思っています。

ツイッターでは、日々感じることは思ったことをポツポツつぶやいています。フォローいただけると嬉しいです。

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